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一連の騒動を見ていても、苦学生がなぜ金に困っているのか、いくらくらい金が足りないのか、身の丈に合った学校に通っているのか、そんなバックグラウンドを理解して議論している人があんまりいない気がしました。FacebookやTwitterでは、「自分も奨学金をもらっていたけど~」という発言はちょくちょく出てきていたけれど、そういう話をもっと事前にたくさん聞くべきだったのではないかと思います。イメージの中にいる苦学生を助けようみたいな志なんて、本物じゃないよね。

今回の問題の根っこは、運営会社であるLivertyの「軽さ」が原因だったのではないか。日常的に重たい人たちと付き合っていれば当たり前に必要性を感じる周到さが欠如しすぎていたのではないか。やまもとさんの呼びかけにはすごく同意したのも、(あくまで想像ですが)日ごろ厄介なメンツを相手に切り込む「重さ」をどこかで感じていたからかもしれません。

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studygiftの派手な炎上騒動から、静かな野次馬の俺は何を学ぶべきなのか - 社長ノオト

盲目的に擁護してた(というよりも、批判してた人を一緒くたに「嫉妬」呼ばわりしてた)「当事者の時代」の人に読んでもらいたいですねぇ

(via teracy)

(via yaruo)

"氷の家に住んでいた頃のエスキモーは、(みんなが住み、食事もする)部屋の中で用を足していたようだが、時には外でもしたらしい。便秘をすると、命に関わる事態になったらしく(黄門様が凍傷になり、腐ってくる)、排便に要する時間は10秒に満たなかった"

- 霜焼け 体重測定 耳裂け 去勢 雪下ろし  - 米村牧場日記 (via otsune)

(via otsune)

ginzuna:

語学と精読を思考訓練に高める鈴木式6分割ノートがハンパない 読書猿Classic: between / beyond readers
(1)にはテキストのコピーを貼る
テキストを書き写すのは、後述するように、テキストを理解した後に、最後の段階で行う。 その理由は、理由は,短期記憶における一度に把握できる無意味材料(意味が不明な文字列)の量は、意味材料(意味のある文字列)の量よりも小さいだけでなく、学習後の保持量も小さいからである。つまり理解したことのほうが頭に入りやすく,その後の定着率も高い。 また、理解していない文字列の書き写しは誤りが生じやすく、また自己修正(セルフ・チェック)も働きにくい。労多くてミス多くて、総じてその努力は報われない。
 (2)には単語や語句、構文について調べたことを書く
辞書や文法書で調べたことはここに書く。 従来、語学の予習で行なってきた作業はここに配される。 単語の訳語をつなぎあわせたものが訳文であるかのような錯覚を引き起こす、テキストの単語の脇にフリガナのように意味を書くことは推奨されない。
(3)には理解に役立つ背景知識/言語外事実などを書く
(2)が辞典などの受け持ちとすれば、このパートは百科事典から参考文献などで調べたことを書く。 訳書では、訳者注として取り上げられる内容といえば、理解しやすいかも知れない。 たとえば、テキストに登場する人物、地名その他の固有名詞は、百科事典などで調べ上げて、ここに書いておく。 不明語句の訳語が分かるだけでは、まだまだ理解に不足する知識があることを明確にするためにも、この欄は(2)から独立して記す。
(4)には疑問点と思考過程を書く
このパートがこの方法の最重要箇所である。 分からない箇所に「?」マークをつけるだけの予習から、 ・自分はどこが分からないのか? を掘り下げ、 ・どのように内容を推測できるか? ・どの部分の内容解釈が定まらないのか? ・どのような解釈上の矛盾に行き当たっているのか? ・どこまで訳せている(自分では理解している)と思えるのか? ・分からないところはどこで、何が明らかになればブレイクスルーに至ると予想するのか? などを整理し自分の言葉でまとめ、書き出した上で、解答・解説にあたり、自分の予想と疑問との間を何往復もすることで、外国語文の読解が思考訓練の域に達する。 わからない箇所にただ「?」マークを書いておく予習を繰り返す者と、大きな差が開くことは間違いない。
(5)には訳文を書く
(4)疑問点と思考過程のパートが充実していくと、このパートの重要度は下がっていくが、後に修正の素材とするためにも、訳文を書くパートは設けてある。 思考過程の検証の意味でも、訳文の修正は、思考訓練の後半を担う重要なプロセスである。
 (6)には最後にテキストを書き写す
(1)~(5)が終わり、テキストを理解した上で、それを写筆することは有益である。
米国業界マップ2012年度版らしいです。
attrip:

(団塊の世代が引退したら支えるの厳しいです。 | A!@attripから)

"60:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/02/16(木) 21:17:31.23 ID:kUVhKYIn0
・起きる時間より少し前の、1時間半周期の時間にアラームをセットする
(それが不可能ならその前の1時間半分周期)
・セットした時間の30分前にもう一つセットする
・アラームで目覚めたら気持ち良いくらい動けるから、水を飲みに行く
・後は余った時間でごろごろする

質問受け付けるよ
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- マジで朝起きるのが楽になりまくる方法が分かったから教えてやる:キニ速 (via ibi-s)

(via edieelee)

"窒息で失神する寸前の気持ちよさは、死の直前に感じるものと同じもの
(生体防御反応として脳内麻薬がドバッと出る)
プロレスなんかでスリーパーホールド食らって落ちる時も、それはそれは気持ちがいいらしい
「お花畑で先に死んだ身内に会った」とかいうのも、その幻覚が見せるものだし
ちなみに走馬灯は、本能がなんとか生き伸びようと、過去の経験をググってるところなんだとか
ちなみに、その時の幻覚に尾ひれがついて語り継がれたものが、「極楽」や「天国」の正体
つまり、死に方がよければ誰でも「天国に行ける」ことになる
その一方で、心残りや無念、強い死の恐怖があると脳内麻薬の恩恵が受けられない
死の直前の苦痛の中で見た幻覚、これが「地獄」の正体
日々不満を抱かず、満足して過ごしていれば、いざ死ぬ時にも割り切れる 脳内麻薬もうまく出て
「天国に行ける」
逆に、後ろめたい行いをしてきたり、欲に囚われ不満を抱いていると、恐怖や未練、後悔の中で
「地獄に落ちる」
結局は日々の気の持ちよう次第なわけだが、欲や恐怖に囚われなかなかその域には達しない
そこで、神だの仏だのを作り出し、他者依存で不満や不遇を試練に読み替え
割り切ってきたのが宗教

既存の神仏に頼らず、自ら価値観の転換ができれば「悟り」となり、それを回りに吹聴すれば
「教祖様の誕生」ってことになる"

- 続・妄想的日常 - 死の直前に感じるもの (via darylfranz)

(via edieelee)